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関西大学東西学術研究所紀要 -第39輯 >

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タイトル: An Analysis on the Land Reclamation Process of Tien Hai District, Thai Binh Province, Vietnam in 19th century
タイトル(その他言語/よみかな): 19世紀ベトナム紅河デルタ沿岸低地における干拓過程 : タイビン省ティエンハイ県の事例から
著者名: Tuan, Tran Anh
著者の別表記: トゥアン, チャン アイン
キーワード: 関西大学
Kansai University
論文発行年月日: 2006年4月1日
出版者: 関西大学東西学術研究所
雑誌名: 関西大学東西学術研究所紀要
巻: 39
開始ページ: A59
終了ページ: A77
抄録: 紅河デルタはメコンデルタとならぶベトナムの二大穀倉地帯となっている沖積デルタで,農業活動が中心となっている。紅河デルタは人口密度がきわめて稠密で多くの過剰人口をかかえている。その沿岸部のニンビン省,ナムディン省,タイビン省などは海面干拓の適地となっている。これらの地域では古くから干拓が過剰人口問題を解決するひとつの手段となってきた。本論文の目的は,1)19世紀グエン朝の土地政策を概観し,2)干拓計画やその技術を評価し,3)事例としてタイビン省ティエンハイ県の干拓過程の特色を詳述することである。以下がその結果である。ティエンハイ県では18,979マウ(mau)の干拓地,71の村が2,350人の労働力によって生まれた。自然要素としての広大な干潟,社会的には卓越した個人による組織力,技術的には築堤技術や村づくりの手法,経済的には国家的な財政やインフラ援助などがうまく複合して成し遂げられた。さらに干拓請負人のモチベーションを促進したことも成功の一要因であった。1828年から19世紀末までに小さな干拓計画がいくつもこの地域に簇生した。とりわけ,重要なのは,ティエンハイ県南部に位置するドンタイン(Dong Thanh)行政村の例である。干拓地の灌漑施設の建設とその管理運用が重要である。その後も干拓は継続し,ベトナム語で"Dan thuy nhap dien"という,潮汐の差を利用した干拓様式は,灌漑に海水が入り込まないような工夫がされたものである。そこでは堤防の下に設けられた樋門を干満のタイミングにあわせて開閉することが要諦であり,樋門管理人の役割が非常に重要となる。
資料種別: Departmental Bulletin Paper
URI: http://hdl.handle.net/10112/12591
ISSN: 02878151
書誌レコードID: AN0004709X
著者版フラグ: publisher
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